Story 1-2【ウィスカの旅立ち】


「ウィスカは今日で、18だったな」
「うん」

 祖父と向かい合って、ウィスカはゆっくりと淹れてもらったお茶を啜った。
 じんわりと熱く、ほのかに甘い。薬草を使ったお茶はどうも苦いイメージを持たれがちだが、乾燥させた果実や香りの良いハーブなんかと調合することで味わい深くて香り高い素敵なフレーバーティーに代わる。苦味や渋みもアクセントになるのだ。
 さすがお爺ちゃんだなぁ、とまだまだ敵わない祖父の調合の腕前に感心しつつ、ウィスカはじっと話の続きを待った。

 祖父もそっと香りを楽しむようにしながら、ゆっくりとお茶を飲んでいる。

 数口互いに飲んだ後、祖父は再び口を開いた。

「ウィスカ、お前にはいつか話さなくてはと思っていたが、良い機会だから伝えよう。実はな……18年前、ワシはお前をお前の両親から預かった。その時共に託されたのがあの円盤じゃった。お前が大きくなったら触れさせてほしい、と言われてな。もっと早くに伝えるべきだとも思っておったのだが、なかなか切り出せんかった。すまないな」

 申し訳なさそうに言う祖父に、ウィスカは首を横に振りつつ笑顔を返した。

「お爺ちゃんは優しいから、私のことを考えて話さないでくれたんでしょ? 私はお爺ちゃんのそういうとこ、大好きだよ」
「ウィスカ……」

「それに私もね、薄々思ってたんだ。私は元々この村の子じゃないんじゃないか、って。だから、本当のことがはっきりして、ちょっとだけホッとした。あ、でも、この村が嫌いとか、そういうんじゃないからね!」
「ああ、分かっておるよ。お前は本当に明るく素直な良い子に育ってくれた。ワシも鼻が高い。血の繋がりはなくとも、自慢の家族だ」
「えへへ、なんか照れるなあ 」

 褒められて嬉しそうに笑うウィスカを見て、祖父もにこやかに微笑む。

「お前の両親はな、違う世界から来たそうだ」

「違う世界?」
「ああ。その世界では魔力が枯渇してしまったらしくてな。新たな生きる土地を目指してたどり着いたのが異世界であるこの土地だった、と話しておった」
「異世界……」
「ワシにも信じがたい話だったが、異世界でも珍しいという力を見せてもらってワシは信じることにしたんじゃ。何しろ、ワシらの生きる世界では見たことも聞いたこともない力だったからな」

 しみじみと昔を思い出すようにして、祖父は語る。

「彼らは3色の魔力を自在に使いこなして見せた。その力を彼らは『幻色』の魔法だと呼んでいたな」
「『幻色』の魔法……」

 基本的にこの世界に住む人々は、1色の魔法を得意とする。
 赤、青、緑。3色の魔法がこの世界には存在していて、そのうちの1色を扱う才能が生まれつき備わっている。
 成長と共に自分の使える魔法を見つけ、活かせる職につく。そうしてこの世界の人々は営みを続けていた。

 だが、複数の魔法を扱える人というのはウィスカも聞いたことがない。祖父も驚いたと言っていたのだから、本当に前例のないことだったのだろう。

「異世界であっても珍しい力だと言っていたな。彼らの村だけに伝わる魔法であると……『幻色』の魔法があったからこそ、彼らは異世界であるこちらに辿り着けたとのことだったが、ウィスカ、お前の両親は、それらを伝えるのが精いっぱいだった」

「……」

 話の流れから、ウィスカも覚悟をしていた。
 祖父が話すのを渋り続けていた理由、そして、今も話しにくそうにしている理由。それはきっと…。

「私のお父さんとお母さんは、もう、いないんだよね?」
「……最後まで、お前のことを気にかけていたよ」

 コップを置き、頭を抱えるようにして、祖父は目を閉じた。

「2人は私と出会うなり、自分たちの事情を説明してくれた。かなり疲弊しているようだったし、ワシは休むように言ったんだがね、時間がないと必死に説明してくれた。『幻色』の魔法のこと、異世界のこと、自分たちの一族のこと、そして、ウィスカ、お前のこと」

「……」

「大切な娘であり、自分たちの希望である、と言っていた。だが、それ以上に彼らは『重い使命を託すのも、自分たちの使命を任せることも、本当ならしたくはない。ウィスカには、自分の人生を自由に歩んでほしい』と、そう言っていたよ」

「自分の人生を、自由に……」
「ああ」

 祖父の言葉に、ウィスカは考える。
 今まで、自分自身の生き方に疑問なんて少しも浮かべたことがなかった。このまま自分は薬屋としてこの村で細々と変わらない日常を続けていくものだと思っていた。変化もないけど不満もない、暖かで穏やかな日々が。

 だけど、そんな日々が何か違う、と感じていたのも確かだった。

 ここではないどこか。

 自分ではない自分。

 それがなんなのか、その正体がどんなものなのか、答えがやっと自分の目の前にやってきてくれたような気がした。

 ただ、ウィスカは思う。
 本当に、その気持ちに正直になるだけで良いのかと。

「お爺ちゃん、私――」
「ウィスカ」

 少し困ったような顔をして口を開いたウィスカに、祖父はその言葉を遮るようにして彼女の名を呼んだ。

「お前は優しい子だ。いつも真っ先に誰かのことを想って行動できる、素敵な子だとも。だがね、そのために自分を抑え込むようなことはいけないよ。自分の気持ちを大切にしなさい。自分の未来に関わることなら、なおのことだ」
「……お爺ちゃんには敵わないなぁ」

 人生の先輩として、薬屋の先生として、そして何より大切な家族として、祖父はいくつもの言葉を送ってくれる。
 ウィスカは改めて、祖父と出会えたことに感謝した。

「お爺ちゃん、私、世界を見て回りたい」
「うむ」

「今の自分とは違う自分に出会える気がするの。変わりたい、ってのとは少し違うけど、でも、私は自分の可能性を、たくさんの未来を見てみたい。このままこの村でお爺ちゃんと暮らすのも素敵だと思うけど、他にも私にできることがあるかもしれない。だから、だからね」

 うん、うん、と祖父はウィスカの言葉に笑顔で頷いてくれる。
 その姿を見ているうち、ウィスカはなんだか無性に悲しくなってきてしまった。  にじむ涙をこぼさないよう頑張りながら、ウィスカはそれでも必死に言葉を紡ぐ。

「私、旅に出たいの。どこを目指すわけでもない宛てもない旅だけど、何かが見つかる、そんな気がするんだ。でも、お爺ちゃんを置いて行っちゃうのは、嫌だな……」

「ウィスカ、ワシはもう年だ。共に旅をするには、ちとな」
「うん……」
「だがな、こんな年寄りでも家を守るぐらいはできる」

 祖父は俯いてしまったウィスカを励ますように笑い、力強く言った。

「ウィスカ、誰が何と言おうが、ここはお前の家だ。どれだけ離れていたって大切な家族なんだよ。疲れたり悲しいことがあったら便りを出してくれればいい。寂しくなってしまったら、帰ってきてもいい。ワシだってお前が旅立つと言うのは寂しいが、今生の別れというわけではない。だからな、ウィスカ。ワシにお前の旅立ちを見送らせておくれ」

「お爺ちゃん……」

 ウィスカは顔を上げて、今度こそ泣き出してしまった。

「私、私、頑張れるかな? 1人でもちゃんと旅できるかな?」
「できるとも。お前はワシの自慢の家族だ。だから胸を張って行っておいで。大丈夫、お前は優しい子だからね、たくさんの人がきっとお前の助けになってくれるはずだ。世界を見ておいで、ウィスカ。そして見つけたものを、また帰ってきて話しておくれ」
「うん、うん……! 私、頑張るよ!」

 泣きながら、ウィスカは祖父をぎゅっと抱きしめた。
 祖父はただ黙って、ウィスカの背をそっと撫で続けてくれた。
 大きくて優しい、ウィスカが昔からずっと大好きな手だった。



「じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい」

 翌日、ウィスカは旅の支度を整えて、ミアハの店先に立っていた。

「気を付けて行くんだよ」
「うん」
「ああ、それと、これを持っていくと良い」

 祖父はそう言って、銀色の円盤を取り出した。

「これって……」
「お守りだと思って持っていきなさい。きっとお前の両親が助けてくれることだろう」
「……ありがとう」

 円盤を受け取り、ウィスカはカバンの中に大切にしまった。あまり長く居座ると名残惜しくなる。ウィスカは覚悟を決めて、店と祖父に背を向けた。
 ゆっくりと道を歩き、村の入り口へと向かう。

「まずは、近くの村まで行ってみましょうか」

 誰に言うでもなく呟いて、一度、ウィスカは村を振り返る。
 18年間過ごし続けた、大切な思い出の場所。  ここは間違いなく、私の故郷だ。

「……行ってきます」

 小さく呟いて、ウィスカは歩き出した。
彼女の旅路を祝福するかのように、陽光が降り注ぐ。
 わずかな不安と大きな期待、昨日までとは真逆に近い希望に満ちた心を持ち、ウィスカはしっかりとした足取りで進んで行くのだった。