ストーリー【 グラースの村と赤い出会い3】


 グラースの村が襲撃に遭った翌日のこと。

「盗賊が?」

「ああ、大変だったよ。でもすげぇ魔法を使う嬢ちゃんが追っ払ってくれたおかげで怪我人も出ずに済んだんだ」

「そうなんですね……」

 まだ戦闘の跡がわずかに残る道を眺め、交易に来ていた赤の民の1人、リューンは可愛らしいその顔をわずかに曇らせた。

「あの、その盗賊たちはどんな人たちでしたか?」

 村人たちや旅人に食事を振舞う店の裏側、リューンは何度も顔を合わせたことのある男性と2人で交易がてらの世間話をしていた。

「あー、ほとんどはあんたらと同じような赤の魔法を使ってたよ。ああいや、あんたらと同じような、ってのは良くないか」

「いえ、それは……」

 少し目を伏せ、続けようとした言葉を飲み込んだリューンは弱々しく笑う。

「なんでもありません。他に特徴はありました?」

「特徴ねぇ、ああ、リーダーっぽい姉ちゃんがいたな。キツい性格してそうだったぜ」

 村人の言葉に、リューンは渡そうとしていた交易用の食肉を落としかける。

 身を乗り出すようにして、彼は村人に聞いた。

「そ、その人の見た目は、どんな感じでした?」

「お、おう。えーっとな」

 伝えられた外見に、リューンは再び表情を曇らせる。

 俯いたまま、彼は静かに呟いた。

「やっぱり、レスタ姉さんだ……」

 盗賊の話を聞いてから様子の変わったリューンに、村人が心配そうに聞く。

「なんだ、盗賊たちのことが不安なのか? どうせしばらくは戻ってこないだろうし、何より武闘派のあんたたちを襲ったりはしないだろうから大丈夫だと思うぜ?」

 リューンはその言葉を聞いてハッと我に返った。

 慌てて取り繕うように笑顔を浮かべ、村人に品物を渡す。

「そうですね、少し怖いですけど、あまり気にし過ぎないようにします。自分たちの方でも警戒するように伝えておきますね」

「ああ、そうしてくれ。んじゃ、こいつが頼まれてたもんだ。ああ、あとな、この間村で赤の魔石が結構な量出てきたんだ。よければいくつか持っていくかい?」

「いいんですか?」

「ああ。いつも質の良い肉を卸してもらってる礼だと思ってくれ」

 ほいよ、と袋に入った魔石を取り出して、村人はリューンに手渡す。

 ずしりと重い感触に、リューンは少しよろめきながら嬉しそうに笑顔を浮かべる。

「こんなにたくさん……ありがとうございます!」

 その笑顔は愛らしく、まるで少女のようにも見える華やかさがあった。

 村人もついつい、向けられる笑顔に照れながら答えてしまう。

「まあ、あんたには本当に世話になってるからな。また近くを寄ったら何か持ってきてくれよ」

「はい、ぜひよろしくお願いします」

 ぺこり、と頭を下げてリューンは村人と別れる。

 まだわずかに焦げ臭さの残る村の中を見回して、リューンはぎゅっと口を強く結んだ。

「ただいま帰りました」

 グラースの村から少し歩いた先、平野にいくつも建てられたテントのうちの1つに入り、リューンは頭を下げた。

 テントの中では長い白髪の老人が煙管をくゆらせていた。

 皺だらけの顔が動き、わずかに持ち上げられた瞼の下から鋭い眼光がリューンを捉える。

「おおリューンか、お帰り」

「村の方から少し魔石をわけていただきました。村長にお預けします」

「ふむ? それはお前がもらったものだろう? ならばお前が持っておくといい」

「いえ、僕は魔法が下手ですから。それより皆が使ってくれた方が良いはずです」

「ふむ……お前がそう言うなら預かろう。取引は無事に済んだかね?」

「いつも通り木の実やキノコを分けてもらいました。干して保存が効く形にしておいてくださったようなので、ありがたい限りです」

「それはありがたい。次に出向く際はこれまでより少し持っていく量を増やさなくてはな」

「はい。ああ、それと……」

 リューンはそれまでのはきはきとした報告から一転、言うべきか迷いながら、村長に聞いてきた盗賊のことを伝える。

「……そうか、そのリーダーの女というのはやはり」

「レスタ姉さんのことだと思います」

「噂では聞いておったが、まさか村を襲うほどになっていたとは」

「どうします?」

「……やつは我々の一族を捨てた身だ。ゆえに我々とは関係ない、とはさすがに言い切れん状況になってきたな。致し方あるまい、我々も何か策を考えるとしよう」

「村長、あの――」

「リューンよ。あの者のことをお前が気にする必要はないのだぞ」

 村長の言葉に、リューンはぐ、と悔しそうに歯噛みする。

「確かにあやつは集落にいる間お前たちと兄弟のように接していた。だがな、やつはすでに盗賊となり、人々に害をなす存在となってしまった。無論、かつての愛着がある分お前たちに討伐や捕獲が難しいことも分かっておる。だからこそ、我々の方で対策を考える。お前は何も心配せず、今まで通り自らの役目を果たせば良い」

「……はい」

 村長に俯きながら頷き、リューンは彼のテントを後にした。

 とぼとぼと集落を歩く中、リューンの耳に元気な声が飛び込んできた。

「おかえり、リューン!」

「ステラ。うん、ただいま」

「? 何かあったの? 元気ないけれど」

 にこり、と笑う双子の妹にリューンは笑顔を返す。

「ちょっとね。ステラ、少し時間いいかい?」

「うん。あ、そうだ、ご飯作ってたから食べながら話さない? リューン、帰ってきたばかりだし、お腹空いてるでしょ?」

「そうだね、じゃあ、そうしようか」

 2人は並んでまだ少し慣れないテントの入り口をくぐる。つい最近2人で暮らすことを許されたテントにはまだまだ家財道具も少ない。

 一人前と認められた赤の民は自分のテントを持てる。それは同時に、集落の中で子供から大人へと成長したと認められる証でもある。

 昔からずっと決められたしきたりと、連綿と続く血筋と魔法の系統。それらによって細分化された家族ごとテントに住む者ごとの役割と仕事。

 絶えず流動するマグマのように自由に各地を移動しながらも、太古の昔から変わらない星の並びのごとく整然と。それが、彼ら通称赤の民、ダルグの民たちの生き方だった。

「そろそろ帰ってくるころだと思って準備しておいて正解だったよー。私1人じゃこの量食べきれないし」

「いや、僕ら2人でも大変じゃないかな、これ……」

 テントの中で火にかけられていた鍋を見てリューンは苦笑いを浮かべる。

 優に4人分はありそうな量の汁物が湯気を立てていた。魚や野草を中心に、塩と多少の香草で味を調えたスープだ。

「大丈夫だって! リューンは成長期だし」

「それはステラだって一緒でしょ」

「私は女の子だからたくさん食べられないの」

 鍋の中身をかき回し、軽く味を見てステラはにっこりと笑った。

「うん、いい感じ。よそうから座ってて」

「ありがとう」

 リューンは火に向かうようにして2つ置かれた座布団の左側に腰掛けた。右はステラの席だ。2人はいつも並んで食事を取る。

「はい、どうぞ」

「どうも。ふふ、相変わらず具が大きいよね、ステラのご飯は」

「えー、こっちの方が美味しいでしょ?」

「うん、僕はこれ好きだよ。たまに骨とかも豪快に入ってるけど」

「もー! 文句言うなら食べなくていいんだよー!」

「ごめんごめん、冗談だよ」

 他愛ない会話に少しだけ明るく戻るリューンの顔も、じっと燃える炎を見つめているうちにまた曇りだす。

 隣に座ったステラは心配そうにリューンの方を見る。

「リューン、本当に大丈夫?」

「ん? うーん、大丈夫、だとは思うんだけどね」

 さ、食べようよ、と促す彼と共に、ステラは食事に対して手を合わせる。

 軽く食事を進めてから、リューンは静かに言った。

「今日、レスタ姉さんの話を聞いたんだ」

「えっ!」

 驚いた拍子にステラは持っていた器を落としかけ、間一髪で事なきを得た。

 ホッと息を吐いた後、ステラはリューンに勢い良く聞く。

「レスタ姉、どうしてた?」

「直接会ったわけじゃないよ。ただ……」

「ただ?」

「今は盗賊のリーダーをやってる、って」

「盗賊!?」

 悲鳴にも似た声をあげるステラに、沈痛な面持ちでリューンは頷く。

「そっか、そんなことしてるんだ……」

 それまでずっと明るかったステラの顔にも、さすがに陰が差す。

 2人にとってレスタは憧れの存在だった。

 強くてかっこいい、そしてとても優しい、大切で尊敬できる、本当の姉のようだった人。

 リューンは最後の別れを思い出す。

 あれは、大きな満月の輝く、静かな夜のことだった。

 レスタが集落を出たのは、3年も前の出来事だった。

 まだリューンもステラも自分たちのテントを持っておらず、両親のいない2人は集落内のテントを転々と移りながら生活していた。

 リューンはよく覚えてる。

 大きな月の出ている夜のことだった。