ストーリー【 ゴルムの街と謎の少女1】


「それじゃあ、我々はここで。ウィスカちゃん、元気でね」

「体に気を付けるようにな!」

「……達者でな」

「はい、ありがとうございました!」

 三人の剣士たちに送ってもらい、ウィスカはとある街にやって来ていた。

「ここまで来るのは本当に久しぶりですね……」

 ウィスカは、目の前にそびえ立つ大きな石造りの外壁を見上げ、感嘆の声を上げた。

 ゴルムと呼ばれるこの街は、近隣の村々と比べとても発展した街だ。たくさんの人々が暮らしており、いくつもの商店が大通りを賑わせ、街の外から仕事を探しにきたり移住を試みる人が後を絶たない。

 活気ある今なお発展中の街だが治安もしっかりしており、暮らしやすいことも特徴の1つだ。立ち並ぶ民家も含めて石を切り出し作られた建物たちはどれもこれもが洗練された造りをしていた。

 他の村では決して見られないような光景に、ウィスカは胸を躍らせる。

「いつ来てもワクワクしますね、この街は」

 貴重なモノやなかなか手に入らない遠い土地のアイテムも取り揃えているこの街は、ウィスカも何回か来ることがあった。

 小さな頃は、祖父と一緒に買い出しをするためやって来て、売店のお菓子を買ってもらうのが大好きだった。

「あっ、あの店、今日はやってるでしょうか……?」

 ウィスカは記憶を頼りに大通りを進んで行く。

「らっしゃいらっしゃーい! 今日は新鮮な魚が入ってるよー!」

「赤の魔法を使った最新の調理器具はいかがー? 毎朝の食事がちょっとしたごちそうに早変わりだよ! 肉も魚もあっという間に焼けちゃうんだから!」

「今日は地方の酒蔵が新しいお酒を造ったっていうんで仕入れてあるんだ。今夜のお楽しみに買っていかない?」

「今日のおすすめは森で採れた果物だよ! 今がちょうど食べごろの時期なんだ、たくさん買ってくれたらサービスするよー!」

 いくつもの店が競い合うように呼び込みをしている。

 行きかう人々の話声も合わさった喧噪は、ウィスカにとって聞いているだけで楽しいものだった。

 たくさんの人がこんなにも生活している。

 日々を生きるための、しかしそれだけだというのに生き生きとしている、人々の熱気が感じられるこの大通りの雰囲気が、ウィスカは大好きだった。

「あっ、あった!」

 ウィスカは立ち止まり、いくつもの行列ができている店に向かった。

 並んでいるのはほとんどが若い女性で、友達同士で来ているのか各々が楽しそうに会話をしたり、列の先の様子を見たり、と時間を潰している。

 店から離れて行く人々の手に握られているのは、魔法で凍らせた果物や牛の乳から作ったクリームを薄い生地で包んだお菓子。冷たくて甘くて、若い女性に大人気なこの街の伝統的なスイーツ、クレープを出しているのがこの店だ。

 他にも同じように出店している店はあるものの、やはりここが1番評判が良く、いつだって行列ができているぐらいだった。

 小さな頃から、ここで祖父にクレープを買ってもらうのが楽しみで、祖父がゴルムに向かう時はよく連れていってと駄々をこねたものだった。

 しかし、今日は1人。

 まさか1人でこの行列に並ぶ日が来るなんて、と小さく笑いながら、ウィスカは行列に並ぶ。

 今か今かとワクワクしながら待っているうちにも少しずつ行列は進んでいき、やがてウィスカの番がやってきた。

「すみません、ベリーのものを1つください」

「はーい、お1つね。トッピングはベリーだけ?」

「あ、じゃあ、えーっと、ナッツも追加でお願いします!」

「はーい! 少しお待ちくださいねー」

 熱された鉄板に薄く引いた小麦の生地を、あっという間に焼き上げて軽く冷まし、その上にクリームを広げ、凍ったベリーと砕いたナッツを散りばめる。

 一気に作り上げられたクレープを店員は紙に包んで渡してくれた。

「はい、お待たせしましたー」

「ありがとうございます!」

 代金を払い、ウィスカは店を離れる。

 普段なら歩きながら食べたりはしないのだが、クレープは商店の様子を見て回りながら歩きつつ食べるのが醍醐味だ。

 目の前に持ってくるだけで香る甘い匂いを嬉しく思いながら、ウィスカは再び大通りをのんびりと歩いた。

 この街にきた目的はシンプルで、ここからさらに馬車を乗り継ぎ、こちらの地方で最大の大都市であるターバタハを目指すためだった。

 北部に当たるファリアス地方でも最大規模の都市であるターバタハはとても魔法技術の発展した街とのことで、ウィスカは自分の魔法、幻色の魔法について知るためにもまずはここを目指そうと決めていた。

 加えて、このゴルムの街では薬の材料の調達や、ターバタハほどではないものの進んだ魔法や技術について学ぼうとウィスカは考えていた。

 この街の特色の1つとして、教会と図書館が存在している。

 教会は、迷える人々に人生の規範となる教えを説いている場所、らしい。

 詳しいことはウィスカもよく分かっていないが、神様という存在を信仰し、日々の糧をいただけるのも神様のご加護があるから、とたくさんのことに感謝しながら生きるよう教えているのだとか。

 実際、大通りの中にも教会が主導して開いている店があり、そこでは彼らの信仰している神様の教えについて少し教えてもらったりできる。神性な生き物として食べてはいけない動物がいたりだとか、お酒は控えるように教えられているだとか、そんなところだ。

 ウィスカ自身はそうした信仰などにはあまり興味がないものの、信仰を持つ人たちは生きる指針がある分、自信を持って過ごしているように見えるので、やっぱり人の助けになる存在なんだろうなぁ、と肯定的に見ていた。

 ウィスカがその教会の人々を肯定的に見ているのには、もう1つ理由がある。

 それが、図書館だ。

 知識はたくさんの人々に遍く広められるべし、という教えの元、地方にだけ存在する特有の治療法だったり魔法技術を収集、編纂し、蔵書として蓄積していく。それが、教会の有する図書館というものだった。

 全ての市民や訪れた人々に図書館の書物は解放されており、ウィスカもここで新しい薬学の知識や魔法について学ぼうと思っていた。

 しばらくはこの街に滞在して、そうした学びの時間を取ろうかな、といったところ。

 それがある程度満足いくところまで進んだら、いよいよターバタハへ、という予定だ。

「あっ、でも、クレープを持ったままだとさすがに図書館には行けませんね……」

 もぐもぐとクレープを食べながら図書館に向かっていたウィスカは、苦笑いを浮かべて座れそうな場所を探す。

 大通りはたくさんの人が行きかっており、少し外れた道なんかに向かった方が休めそうな場所は見つかりそうだった。

 ウィスカは横道に逸れ、店がある通りから人々が生活しているであろう小道の方に歩みを進める。

 大通りから離れると、遠くから活気のある人々の声が聞こえてきて、どことなく寂しさを覚えてしまう。

 適当な段差に腰掛け、わずかに聞こえる人々のざわめきを耳にしながら、ウィスカはクレープの残りを堪能することにした。

 その時、

「待て!」

「逃がすな!」

 大通りとは逆側、人通りの少ない路地へとどんどん入り込んでいく道の方を、何人かが駆けて行くのが見えた。

 追われているのは一人の少女、追っているのは数人の男性。

 剣呑なその雰囲気に、ウィスカはただ事ではない、と慌ててクレープの残りを食べ、急いで彼らの向かった方へと走り出すのだった。