ストーリー【 ゴルムの街と謎の少女2】


「まったく、手間取らせやがって」

「もう逃げ場はねぇぞ!」 

「くっ……」

 袋小路となっている路地の奥で、少女を囲んだ男性たちはそれぞれ武器を手に少女を睨みつけていた。

 少女は腕に軽い怪我を負っており、荒い呼吸を繰り返しながら胸に抱えた本を大事そうに強く抱き締めていた。

 じりじりと、男性たちが距離を詰めて行く。

「これ以上の抵抗は無駄だ」

「いい加減観念しな!」

 大きな声で威嚇するように怒鳴る男性たちだが、少女はそれでも彼らを力強く睨む。

 やがて、一人の男性の手が彼女に届こうとしたその時、

「何をしているんですか?」

 ウィスカの声が袋小路に響いた。

 男たちは驚きながら振り向き、声をかけてきたのが追っていた少女と同年代の少女だと気づいてすごむ。

「お嬢ちゃんには関係ないことだ、すっこんでな!」

「女の子を大人の男の人が取り囲んでいるなんて、見過ごせるわけがないでしょう。武器なんて構えて、良くないと思います、そういうの!」

「いや、これはな――」

 男たちが困ったような顔をし始めたその隙をつき、突然少女が走り出す。

 彼らの横をすり抜けて、走ってきた少女はウィスカに縋りついて涙を目に浮かべながら叫んだ。

「お願いします、助けてください! 急にこの人たちに追われてしまって、なんとか逃げてきたんですけど追い詰められちゃって……このままだと私、何をされるか……!」

 震える声で言う彼女の背を軽く撫でてやり、ウィスカは優しく言う。

「やっぱり……大丈夫です、こんな人たち、私がやっつけちゃいますからね!」

「ほ、本当ですか?」

「はい。任せてください」

 にっこりと笑って見せたウィスカは、彼女をかばうように前に出て、静かに魔力を練る。

 彼女の中には今、怒りが渦巻いていた。

 ここに来るまでの道中、フィルザに何度も言われた。

「少女が一人で旅をするなど、危険だろうに……いいかい、この世には良い人ばかりじゃない。君のような善良な少女を食い物にしようという男もたくさんいるんだ。気を付けるんだぞ。ゴルムのような大きな街に出向く時は特にだ」

 その話を聞くたびに、ウィスカは何度も頷き、肝に銘じた。

 きっと、この追われていた少女もウィスカが忠告を受けたように、食い物にされようとしていたのだろう。

 人通りの少ない路地を追われて必死に走るだなんて、ただ事ではない。

 怪我だって負わされていたし、先ほどウィスカに縋ってきた顔も恐怖に怯えていた。声だって震わせて、涙だって浮かべていた。

 もし自分が同じ立場だったら、と思うとゾッとする。

 そしてそれ以上に、こんな状況に彼女を追いこんだ目の前の男性たちが恐ろしく、許せなかった。

 ふつふつと、ウィスカの心の中で怒りが煮えたぎっていく。

 穏やかな水面のような心はすっかり沸騰し、滾る熱情が彼女の体を包み込んでいく。

「あなたたちのような悪い人は、絶対に……許さないんだから!」

 炎を思わせる巨大な赤色の魔力が辺りに広がった。

 男たちは熱風が吹いたかのような錯覚を感じながら、光が収まる中からゆっくりと歩いてくる姿を見る。

 ウィスカの髪はすっかり赤の魔力に染まり、春に咲く花のような薄紅色になっていた。

 口元に浮かべている笑みは、いつもの穏やかな彼女と打って変わって、好戦的な肉食獣のような雰囲気を纏っている。

 踊り子のように変化した服も今の彼女にはちょうど良いのか、手に持っている赤の魔石を手元で遊ばせながら軽い足取りで歩く姿は今にもステップを踏み出しそうなほどだ。

「さあ、いくわよ!」

「ちょ、ちょっと待て、俺たちは――」

「問答無用!」

 言うが早いか、ウィスカはすぐに男たちの方に走り出していた。

 それと合わせてウィスカの手から放たれた小さな赤の魔石が、一人の男の足元で爆ぜる。

「ぐおっ!?」

 その爆発に、男は足を抑えて倒れてしまった。

 いきなりの攻撃に他の男たちが驚いていると、ウィスカはまた一つ、二つ、と魔石を男たちに投げつけて行く。

 動き回りながら魔石を投げつけるウィスカに、男たちは反撃しようとするものの、ある程度の距離を保ちながら放たれる魔石は距離を詰めさせることも許さない。

 1つ1つは小さな爆発だが、それでも重なることで身動きを封じるには十分な威力が出る。足元を中心に放たれたそれらに、男たちは手玉に取られていた。

「今のうちに逃げなさい!」

 ウィスカが声をかけると、少女は頷いて走って逃げて行った。

 その姿を見送り、ウィスカは改めて男たちと向き合った。

「大人しく観念するなら、これぐらいで許してあげる。赤の魔法は少し攻撃的なものだから、これ以上使わせないでほしいわ」

 追加の魔石を構えながら言うウィスカに、何とか耐えきった男の1人が吠える。

「よくもやってくれたな……! このまま帰れると思うなよ!」

 そして、武器を構え迫る姿を見てウィスカはため息をついた。

「これだけやって分からないなら、痛い目に遭ってもらうしかないわね!」

 直後、ウィスカの持っていた魔石が光を放ち、彼女は強い魔力が包み込む。

 今まで放っていたものよりひと回り大きな魔石は、込められた魔力によって変化していき、彼女の手元には小さな火の玉が出来上がっていた。

 向かってくる1人目の男にウィスカは火の玉を放った。

 叩きつけるように真っすぐ放たれたそれは、見事に男の額にクリーンヒットし、そのまま爆ぜた。

 男は強い衝撃に倒れ、後ろで続こうとしていた男たちの足が止まる。

「そこっ!」

 ウィスカは動きの止まった男たちに向けて、同じように作り出した火の玉をもう1度叩き込んだ。

 2人目にクリーンヒット。だが、その間にもう1人の男が走り出し、ウィスカに向かって武器を振り上げていた。

 木製のこん棒のようなそれを、ウィスカは避けようともせず、男に向かって手を向けた。

 振り下ろされる男の腕。しかし、それがウィスカに届く直前、彼の持つ棍棒が一瞬にして炭と化した。

 同時、彼の衣服が燃え上がる。

 慌てふためく男に、ウィスカは静かに告げた。

「降参しなさい。そうしたら、その炎は消してあげる」

 ウィスカの言葉に、服を燃やされた男は周囲を見回し、倒れている仲間たちを見てこくこくと頷いた。

「こ、降参だ! 参った!」

「そう。それは良かった」

 ウィスカがパチン、と指を鳴らすと、あっという間に男の服についていた炎は消え去った。

 ホッとした拍子に、男はしりもちをつく。と同時に、男は気が付いた。服が燃やされたというのに、彼自身はほとんど火傷をしていない。

 ふぅ、と軽く息をついたウィスカは、いつもの姿に戻っており、優しい笑顔を浮かべて呆然と見上げてくる男に言った。

「それじゃあ、皆さんは悪いことをしていたので、罰してくれるところに行きましょう。倒れている人を運ぶの、手伝ってくださいね」

 その言葉に男は何か言いたげだったが、ウィスカの有無を言わせない笑顔に、渋々といった具合に首を縦に振るのだった。