ストーリー【 ゴルムの街と謎の少女3】


「……なるほど、それで彼らをこうして拘束し連れてきた、というわけですね」

 町の警備を司る人々の詰め所はどこか、と人づてに案内された先、武装した人々と祈りを捧げようとする住民たちが出入りする教会で、ウィスカは気難しそうな青年と相対していた。頭を抱え、額に青筋を立てる彼に、ウィスカは困惑したまま首を傾げる。

「えーっと、その、何か問題がありましたでしょうか……?」

 それに、青年は深くため息をつき、静かに告げた。

「ええ、ええ、大問題です。なぜなら――」

 ビシッ、と指さされたウィスカの背後、ウィスカに敗北し、すごすごとついてきていた3人の男性たちは、青年の怒りをひしひしと感じて怯えているようだった。

「その人たちはこの詰め所から派遣した人員で、あなたが逃がした少女は我々の追っている窃盗犯だったからですよ!」

「えええっ!? そ、そうだったんですか!?」

 素っ頓狂な声をあげるウィスカに、青年は頭を振りながら静かに続ける。

「この街に来たばかりであればまあ、仕方のない部分もありましょう。こちらの方々が彼女を追う態度が良くなかったのも分かります。貴女側の落ち度は確かに少なかった、それは当然です」

 そして、彼は拳をテーブルに叩きつけ、いよいよ耐えかねたのか眉を吊り上げて声を張り上げた。置かれていた受付と書かれたプレートが跳ねる程の怒気に、ウィスカも背後の男たちも思わず身が竦む。

「ですが! あなたにも、もう少し状況確認をしていただきたかった! 少女が追われ今にも捕まりそうだからと義憤の念にかられたあなたの心がけは素晴らしい! しかしですね! 結果として我々は窃盗犯を逃がし、それどころか大の大人3人があなたのような少女に敗北して街中を連行されるなどという事態になっているわけです! 警備を担う我々の威信は地に落ちたとまでは言いませんが確実に住人たちに不安の種を植え付けたことでしょう! それから! あなたたちはもっと鍛えるように! こんなことでは街の平和は守れませんよ! そして悪事を働いた者であったとしても、毅然とした態度を保つように! 安い挑発に乗ってこちらが悪漢だと思われるようなことは2度とないように! 気を付けてください! いいですね!?」

 背後の男たちは「は、はいっ!」と声を揃えて返事する。

「では、あなたたちは行ってください。フラウが今どこにいるか改めて調査を。彼女が持ち去ったモノは街の外に出すべきではありません。出入口からの連絡はないですから、まだ近くに潜んでいるはずです。急いでください!」

「はっ!」

 青年の号令に、男たちは急いで走り出す。

 残されたウィスカは彼らが出ていくのを見送り、改めて、恐る恐る青年と向き合った。

 彼は他の職員が持ってきてくれた水を飲み、一息つくとウィスカに視線を戻して咳払いをした。

「失礼しました。とはいえ、先ほどお伝えした通りです。事前確認はしっかりと。状況だけを見て先走らないようお願いします。今回は彼らの実力不足もありこういった結果になりましたが、我々からすればあなたは窃盗犯の手助けをした、いわば犯罪の幇助をした立場なわけです。本来であれば、問答無用で拘束させていただきたいわけですが……しかし、彼らを道すがら治療した上で連れてきた辺り、あなたを悪人と断ずるのも違う、と私は判断します。ここは簡単な事情聴取だけで済まさせていただきまので、ご協力願えますね?」

「は、はい。本当にすみませんでした……」

「こちらこそ、お見苦しい点を多々さらしてしまい申し訳ありません。では、こちらに」

 青年はそう言ってウィスカを教会内に迎え入れようとして、ふと、思い出したように軽く頭を下げた。

「申し遅れました。僕はレイン。この教会で警備の指揮と、平時は併設の図書館で職員をしています」

「あ、ウィスカです。よろしくお願いします」

 同じように頭を下げるウィスカにもう一度会釈を返し、レインはウィスカを連れ立って教会内を歩き出した。

 教会の入り口から繋がる受付は広いホールのようになっており、そこから続く廊下が二本、受付のテーブル横から左右に伸びている。

 礼拝堂やそこから繋がる懺悔室、教えを学ぶ教室といった施設に繋がるのとは逆側、警備員の待機所や拘束された人々の留置所、そして取り調べに使われる部屋がある方にレインは進んで行く。

 図書館はこちらの教会と隣合った建物にあるらしく、図書館と教室は渡り廊下で繋がっているのだとレインが説明してくれた。

「知を司る図書館と、規律を司る教会。我々の信ずる神は遍く人々に知識を与え、知識は人々の生活を豊かにする反面様々な思惑、誘惑を伴うため信徒たちは強い規範と規律を同時に学ぶ……しかし人々は自由であらねばならない。信仰を強制するのは知識を与えられた者がすることではなく知識に惑わされた者のすることである。ゆえに、我々は自らの心のままに学び、その上で信徒となった者たちで構成されています」

「へぇ~、そうなんですねぇ」

「ゆえに我々は信仰と共に規律、規範を作り、人々の生活を正しいものとするため警備を行っているのです。街の規律も、この街の行政を取り仕切る方と我々で取り決め、今日までの発展を支えてきたのですよ」

「はぁ~、すごいんですねぇ……」

 街に来たばかりだというウィスカを歓迎するようにレインは教会や図書館のこと、警備や街の規律について説明するが、ウィスカにとってそれらはあまりにも規模が大きなことであまりついていけなかった。

 しかし、この街が人々にたくさんの学びを与えようとしていることは良く分かっていた。

 やっぱりここに来て正解だったなぁ、とウィスカがのんびり考えていると、レインが重そうな扉の前で止まった。

「こちらです」

 そう言って彼が促した部屋は、机と椅子が二つ並ぶ小さな部屋だった。

 ウィスカは言われた通り奥の椅子に座り、レインは扉を閉めると、静かにその向かいに腰を下ろした。

 そして、彼は懐から一冊の本を取り出す。その表紙には魔石がはめ込まれ、レインが本を開き魔力を込めると、室内は凍えそうな冷気に包まれた。

 思わず警戒を強めるウィスカに、レインはそっと微笑んで言う。

「大丈夫です、身の潔白が証明できればこの冷気は貴女に何もしません。これは、正しきことを成した者に襲いかかることはない、正義の代弁者です」

「……」

 警戒をある程度解きつつも、不安そうにするウィスカにレインは安心させるよう微笑んだまま、静かに尋ねる。

「では聞きます。あなたは、街中で追われている少女、フラウと知り合いだった。そうではありませんか?」

「いえ、知りません……お名前を聞くこともできませんでしたし……」

 少しの間レインはじっと待ったが、室内に変化が起こることはない。

 ふむ、とレインは少し考えてから、次の質問をウィスカに投げかけた。

「では……少女を助けに入ったのは本当に偶然であり、逃がしたことに善意以上の他意はない。間違いないですね?」

「は、はい! 間違いないです!」

 レインはもう一度室内を覆う冷気に目をやるものの、変化はない。

 ふむ、と小さく呟き、レインはページを捲って次の質問をウィスカにぶつけた。

「では次に、少女を――貴女の視点では追い詰めていた男性たち。彼らを無力化するために魔法を行使した際、必要以上の痛手を負わせないよう配慮していましたか?」

「えっと、その、怒りに任せて魔法を行使してしまったので、少しやり過ぎてしまったかもしれません。あの時は無我夢中で……」

 ウィスカの言葉を聞き、レインは再び少し待った後、室内に何も変化がないのを確認してから続ける。

「なるほど。こちらに来る道中、彼らに与えた傷を治療したのは、やり過ぎてしまった、と思ったからですか?」

「それもありますけど、単純に怪我を少しでも負わせてしまったのですから、治療しました。いけませんでしたか……?」

「いえ、そのようなことはありませんよ」

 それから数秒の沈黙の後、レインは静かに本を閉じた。

 直後、室内を覆っていた冷気が晴れ、ウィスカはホッと息をつく。

「なるほど、正直な回答、ありがとうございました。どうやらあなたは本心からの善意で彼らを攻撃し、フラウを逃がしたようですね。であれば、さほど重い罰は受けずに済むでしょう」

「罰は受けなきゃいけないんですね……」

「街中での戦闘行為、他者を傷つける行為は規則で咎めなければいけません。どんな理由があれ、傷を負わせたことに変わりはありませんからね」

「はい……」

 しょんぼりと肩を落とすウィスカに、レインは優しく微笑んで言う。

「大丈夫です。僕の見立てですと、図書館の蔵書整理を数日手伝っていただければそれで充分、といったところですから。日中の自由時間も取りますし、そうですね、寝泊まりもこちらの教会を使っていただければと思います」

「ほ、本当ですか?」

「はい。宿の手配などをしていたのでしたらこちらでキャンセルしておきますがいかがでしょう?」

「それはこれからだったので大丈夫です……あの、本当にいいんですか?」

「ええ。規律、規範に乗っ取り人は等しく裁かれるべきですが、その結果善人が割を食うのはあまりに悲しい。だからこそこうして事情聴取を行うのです。先ほどの魔法もそのためのものですしね」

 レインは魔石のはめ込まれた本を手に、笑顔を見せた。

 ウィスカはその本をじっと見つめ、興味深そうに尋ねる。

「あの、さっきのは召喚魔法の類ですよね。精霊のような……」

「その通りです。人の嘘に敏感な精霊に力を借りています。彼の前で嘘をつけば冷気が強まり、最後は彼の手で凍り付いてしまう。我々が頼りにしている使い魔の1つですね」

「なるほど……あの、もう少しその魔法についてお聞きしてもいいですか?」

 ウィスカが目を輝かせるのを見て、レインは苦笑いを浮かべた。

「そうしたいのは山々ですが、僕も仕事があるので……そうですね、では、図書館に行きましょうか。そちらで罰則としてのお仕事についてもご説明しますので」

「はい、お願いします!」

 すっかり元気になったウィスカに笑顔を見せ、レインはウィスカを連れて図書館へと向かった。

 道中も様々な質問を受けながら、レインはウィスカを図書館に案内し、彼女と別れた。

 また厄介そうな娘がやってきたな……とため息を1つ。しかしすぐにキリっと顔を引き締めて、レインは受付兼自身の仕事机へと戻ろうとする。

 

「レイン様!」

 そこに、慌てた様子の職員がやってきた。

「どうしました?」

「街中で使い魔が暴れているとの報告です! 召喚者は不明! 赤の魔法で呼ばれたとみられています! かなり狂暴かつ大きな個体ですので、大きな被害が出るかと!」

「分かりました、まずは住民の避難を優先してください。近隣の警備をしている者たちは至急向かうように。遠い地域の担当者も含め、可能な限りの人員を派遣してください。僕も急いで向かいます」

「はい!」

 職員が走り出すのを見て、レインはもう1度深いため息をつく。

「フラウ、ここまでやってくれるとはな……」

 渡り廊下の外、空を見上げて吐き出すように呟き、レインは走り出すのだった。