ストーリー【 ゴルムの街と謎の少女4】


「よろしくお願いします!」

「はい、お願いします」

 柔和な笑みを浮かべる図書館の管理人に、ウィスカは元気よく挨拶をした。

 図書館の室内には、静かな空間が広がっていた。たくさんの人々が書物を手に何か書きとっていたり、じっくりと読み込んでいたりするものの、誰1人として声を可能な限り発さないよう気を付けている。

 静謐な空間はどことなく、神聖さを帯びているようにも見え、ウィスカは思わず背筋をピンと伸ばした。

 管理人は穏やかな笑みを浮かべた20代中ごろの女性だった。艶やかな黒髪と、病的なまでに白い肌が特徴的な細身の美人だ。

「レイン様からお話は伺っています。蔵書の整理を手伝っていただけるとのことですから、まずはこちらの――」

 管理人が利用者から返却された蔵書の説明をしようとしたその時、ズン、と重い衝撃が空気を震わせた。

 あまりの出来事に、静かだった図書館内にもざわめきが広がる。

「今のは……?」

「私、見てきます!」

 困惑する管理人を横に、ウィスカは出入口へと走り出していた。

 外に出ると、離れた場所から煙が上がっているのが見えた。加えて、巨大な針を持つ甲殻類の尻尾が持ち上がるのも見え、ウィスカは急いでそちらに駆け出そうとした。

 しかし、

「きゃっ!」

 敷地から出た瞬間、足元を何かが引っ張られウィスカは転びかけた。

 見ると、ウィスカの足には枷と鎖のようなものが取り付けられている。魔力でできているらしいそれは、手で外そうとしてもすり抜け、力づくで取り除くことはできそうにない。

「急に飛び出さないでください!」

 急いでやってきた図書館の管理人がウィスカの背後に立つ。

 走って追ってきた様子だったが、息1つ切らさない様子を不思議に思いつつ、ウィスカは自分の足に取り付けられた枷と鎖を指さして聞いた。

「あの、これって……」

「軽度であったとしても、この敷地内で規律を破ったと見なされた者に自動的にかかる、罪人への拘束魔法です。ですからあなたは今、ここから出ることはできません」

「そんな! じゃあ――」

「あちらにはレイン様も向かわれています。警備の方々も集まっていますし、そちらに任せてください」

「でも……」

「あなたの御心は分かります。ですが、今あなたがすべきことは行動ではなく反省なのです。あなたは義憤にかられ状況確認をせず先走った行動に出た結果、人を傷つけ、犯罪者を逃がしたばかりではありませんか」

「そ、それは、そうですけど……」

「そのような方を、このまま送り出すわけには参りません。この敷地内は魔法により安全ですから、戻っていただけますか? これから避難してこられる住民の案内もありますので、そちらを手伝っていただけると幸いです」

「……」

 管理人に促され、ウィスカは渋々、といった具合に敷地内に戻ろうとする。

 しかし、その背後で大きな爆発が起き、ウィスカは慌てて振り向いた。

 見えていた巨大な尾の先から、火球がいくつも家屋に向けて放たれている。爆発が起き、人々の逃げ惑う声と悲鳴が、何かが焼け焦げる嫌な臭いと共に届いていた。

 ウィスカはもう一度管理人の方に向き直り、必死に訴える。

「お願いです、あちらを手伝わせてください! あんな酷いこと、放ってなんておけません!」

「そうはいきません。憤る気持ちは分かりますが、できることをこちらでしてください」

「あんなにたくさんの悲鳴が聞こえる中で、何をしろって言うんですか! 今あちらに向かわないで、逃げてくる人をただ待つんですか!?」

「それが最善です。あなたが向かって被害が減るとも限りませんし、何よりその混乱に乗じて逃げ出さないという保証もないでしょう?」

 その言葉に、ウィスカはメラメラと怒りが沸きあがるのを感じていた。

 感情に呼応するように、ウィスカの髪が少しずつ薄紅に染まっていく。炎のような魔力が彼女の身を包み、静かに、しかし確実にその姿を変化させていく。

「だったら……だったら! 括り縄だろうがギロチンだろうが、なんでもいいから繋げたまま向かわせなさいよ! 私が逃げ出そうとしたら、その場で動きを封じるなり殺すなりすればいいわ! 規則だの規範だのは大切だろうけど、そんなことより人の命の方がずっと大事でしょう!?」

 凄まじい剣幕で迫るウィスカだが、管理人は冷ややかな態度を変えようとしない。

 一触即発の雰囲気が強まる2人だったが、不意に管理人が何かに気付き、小さな声で呟き始める。

「しかしそれは――では――ええ、分かりました」

 誰かと話すようにした後、管理人はすっかり変身し終えたウィスカを見据えてはっきりと言った。

「レイン様から許可が出ました。それほどまでに言うのでしたら、何が何でも住民たちを助けてください、とのことです。できますか?」

 静かに、あくまでも淡々と告げる管理人に、ウィスカは挑戦的なものを感じ不敵に笑った。

「ええ、やってやろうじゃないの」

「では、参りましょう。私も同行いたしますので、悪しからず」

 管理人はそう言うと、ドロリ、とその体を溶かし、ウィスカの首に巻き付いた。

 突然の変化に驚くウィスカだったが、数秒の後、冷たい首枷へと変化した管理人がその姿のまま声を発する。

「あなたが少しでもおかしな行いをすれば、私が即座にあなたを処分します。よろしいですね?」

「え、ええ……使い魔だったのね、あんた……」

「ええ。さあ、急ぎましょう。呆けている時間はありませんよ」

「分かってるわよ!」

 ウィスカは改めて敷地を出て、自分の足に枷が付かないことを確認し、走り出した。

 黒煙の上がる方向を見て、ウィスカは身軽に家々の屋根に飛び、そのまま道を無視して一直線に被害の広がる現場へと向かう。

 屋根を超すように伸びる巨大な甲殻類の尻尾は、代わらず火球を放ちながら悠々と動き回っていた。