Story 2-1【 魔力やられと果樹の森】


 時は少しだけ巻き戻り、ウィスカが馬車を利用しようとする数時間前のこと。

「エクリエル、早く来ないと置いてっちゃうぞ」

「待ってよ、リュミエルー!」

 静かな森の中に、子供たちの声が響く。

 声は2つ、1人は少年、もう1人は少女。

良く似た服装の2人は、先に歩いていた少年、リュミエルが少し待ち、遅れていた少女、エクリエルが合流したところで歩調を合わせて歩き出す。

「ったく、どんくさいなあエクリエルは」

「ごめんね、でも……」

「またなんか見つけてたのか?」

「うん、キイチゴ! リュミエル好きだったでしょ? ちょっと採って帰って、ジャムにでもしようかと思って」

「……そうかよ」

 照れから赤くなった顔を隠すように、リュミエルはそっぽを向いてしまった。そんな双子の弟をほほえましく思いながら、逆にエクリエルは少しだけ軽くなった足取りで歩いていく。

 二人はこの森から少し離れたグラースの村に住む双子の門番である。

 家では家族の手伝いをしながら日々を暮らす比較的普通の少年少女。二人は今日も家族の手伝いをするため、森の中に木の実を取りに来ていた。

 目的としている場所はまだ先だが、道を歩いていけば二人の足でもすぐにたどり着く。

「今日はどれぐらい取れるかなぁ」

「この間行った時の若い木の実が育ってるとしたら、ま、いつも通り1カゴ分ぐらいは集まるんじゃないか?」

「だといいけどなぁ」

「なんだよ、何か心配なことでもあるのか?」

 エクリエルは少し怯えた様子で応える。

「さっきね、食べられてる魔石の欠片を見つけたの」

「げっ、マジかよ」

 こくり、と頷くエクリエルにリュミエルは警戒するように辺りを見回した。

「魔力やられしてる動物がいるってことか? 何だ?」

「たぶん、あの足跡だと狼、かな……」

 この世界における魔石は、それ自体が魔力を有している。魔力を持つ魔石に使用者が自身の魔力を流すことによって反応が起こり、魔法が発動する仕組みだ。

 動物を使い魔にする場合も基本的には同じ方式であり、魔力を流した魔石を動物に与えることで使い魔とすることができる。使い魔となった動物たちは基本的に魔力の影響で普段以上の力を得られるため、人間たちの頼れる相棒とされる場合が多い。

 ただ、この『使い魔化』が自然に発生してしまう場合がある。

 それが、一般的に『魔力やられ』と呼ばれる現象だ。

 魔力は方向性を示すことでその力をより強く、そして目的のために使用することができる。しかし、魔石に込められた魔力をそのまま摂取してしまった場合、動物たちの体には普段以上の魔力だけが勝手に蓄積されることとなる。

 その結果『使い魔化』と同じような魔力によって力を得てしまった状態になりながらも、指示者がいないため力を無造作に振るうだけとなってしまった野生動物。それが『魔力やられ』の状態になってしまった動物たちである。

「狼だったら、まあ、1匹だけならまだなんとかなる、か?」

「どうだろう、私たちだけだと厳しいんじゃないかな……」

「だよな……」

 森の中に視線を巡らせるが、狼らしき影は見えない。声や気配もしないことを鑑みるに、近くにはいないのだろう。

「どうする、戻るか?」

「でも今から戻ると遅くなっちゃうんじゃない?」

「それもそうだけど……戻りの馬車を待って、村で大人に相談して、それからまた来るんじゃ確かに時間がかかりすぎるな。よし、できるだけさっさと木の実を集めて、急いで戻ろう」

「うん、分かった」

 2人は小走りで森の中を進み、奥にある果樹の群生地を目指した。

 恐ろしい相手がいるかもしれない、と思いながら進む森の中はいつも以上に暗く見え、わずかな物音にも警戒してしまう。

 エクリエルは度々怯えた様子で周囲を見回しており、リュミエルは彼女が最初に遅れていた本当の理由はこっちか、と同じように周囲を見ながら思った。

 それから、互いに距離を開きすぎないよう気を付けつつ、2人は何事もなく果樹の群生地までたどり着いた。

 先日まで青かった木の実が赤く色づいている。

 ここら一帯に生えている木々に成る果実は、可食部こそ少ないものの、1度にたくさんの数ができる。加えて成長が早く、魔法による補助もかけることで1週間ほどもあればまた収穫できるようになる。もちろん、1度で大量に採るのではなく、必要な量だけを採り、若いものやまだ青いものには手を出さない、ということは徹底している。だからこそ、いつもたくさんの木の実が採れるのだ。

「早いとこ採っちまおう。俺は見張りしてるから」

「う、うん!」

 リュミエルは警戒を強めて周囲を見張り、エクリエルは手早く木の実を採集していく。

 木自体の背は低く、リュミエルやエクリエルぐらいの子供でも収穫しやすい。野生動物の食べかけが残っていることもあるので、見分けだけはきちんと行う。

 真っ赤な果実、姿は姫リンゴに少し似ているが、実のつき方はナンテンの実なんかに近い。

「うんしょ、んしょ……」

 持ってきたカゴにリュミエルは果実を詰め込んでいく。

 1つの木から木の実を選別して採っていくだけでカゴの底が見えない程度には集まる。3本ほどの木から集めれば十分な量になるだろう。

 続けて2つ目の木にリュミエルが手を伸ばしたその時、

「ワオオーン……」

 深く響く遠吠えが、2人の耳に届いた。

「マズい、近いぞ! エクリエル、急げ!」

「う、うん!」

 エクリエルは焦りながらも、確実に木の実をカゴに詰めていく。

 やがてカゴ一杯に木の実を詰め込んだエクリエルが蓋代わりに布で包んでいると、森の中を駆けてくる足音が聞こえてきた。

「行くぞ!」

「うん!」

 リュミエルは走り出し、エクリエルもなんとかカゴを抱くようにして同じように走り出す。

 目指すは森の入り口。そこまでたどり着けば狼が追ってくることは少なく、馬車の出ている村も近い。馬車に乗ってしまえば、あとはグラースの村に向かうだけだ。

 走りながら、リュミエルは度々エクリエルの方を気にしつつ、狼の足音がやけに少ないことに気を回していた。

 魔力やられに遭っているのが1匹だけなのだとしたら、2人でも多少の対処はできる。

 1度止まって足止めをするのもありだが、どうする?

 必死に走ってついてきているエクリエルは、最初に駆け足で果樹まで向かったこともあり、見るからに疲れてしまっていた。普段からあまり運動が得意ではない彼女のことも心配だった。

 群れが相手じゃないなら、自分だけでもいけるか?

 そんな考えが一瞬浮かぶが、

「っ! リュミエル、前!」

「何だ、ってうおっ!」

 後ろを何度も振り返っていたのが良くなかった。

 眼前に飛び出してきた狼に、リュミエルは咄嗟に持っていた杖を槍のように突き出したが、狼は魔力で強化された脚力で飛び越えそのまま押し倒すように飛び掛かってきた。

 地面に転がされ、狼の鋭い牙が迫ろうとしている。

 己の不注意を後悔してしもしょうがない。リュミエルは急いで肉体強化の魔法をかけて狼を押しのけようとするが、それよりも牙が届く方が速そうだった。

 ダメか、と目を瞑ったリュミエルだったが、

「えいっ!」

 どん、と狼の横っ腹にエクリエルの杖が叩きつけられる。

 見れば、エクリエルが自らに肉体強化の魔法をかけて狼に殴りかかっているようだった。

「リュミエル、立てる!?」

「あ、ああ」

 立ち上がり、リュミエルは自分の足に強烈な痛みが走るのを感じた。

 どうやら、狼に押し倒された時捻ってしまったらしい。

 しかし、必死な様子のエクリエルにそれを知られるわけにはいかない。

「エクリエル、急いで逃げるぞ」

「うん。あっ、でも、その前にリュミエル、力を貸して!」

「何をする気だ?」

「リュミエルの魔法! 何でもいいから魔力を込めて!」

 言いながらも、エクリエルは魔石を取り出して魔力を込める。

 リュミエルは突然何を、と思いながらも、言われた通り手に持っていた杖に魔力を流していく。

 殴り飛ばされた狼が立ち上がってくるが早いか否か、といったタイミングで、エクリエルの魔法が発動する。

 エクリエルが持つ魔石と、リュミエルの杖、そしてもう1つ、リュミエルが村を出る前、お守りに、と魔法をかけておいたエクリエルの髪留めが輝く。

 リュミエルの魔法『魔力返還』によって、魔石と同等の扱いができるように加工した髪留めだ。本来なら魔石が尽きた時用の保険だったが、

「お願い、助けて!」

 魔法が発動し、魔力が形を作っていく。

 2人の目の前には、森の中があまりにも場違いなドレス姿の貴婦人が立っていた。まるで舞踏会の中から飛び出してきたかのような淑女は、口元を上品に扇で隠しつつ、エクリエルに微笑みかける。

「よし、リュミエル、行こう!」

 差し出されるエクリエルの手。

 リュミエルは一連のエクリエルの行動に少し驚きつつも、彼女の手を取った。